「二柱・大渡」VSその他の技。記録として。歴史的転換点。

天神明進流柔術

天神明進流柔術の技(型)の中で、もっとも難しいものは、二神意居捕「二柱」と五行意立会「大渡」です。

二柱を立ってやると、大渡になります。

つまりどちらも同じ技ということになります。

さて、この二柱と大渡ですが、この2手だけはその他の技(型)とは性質が異なります。

その他の技(型)を「正」とするなら、二柱・大渡は「反」です。(逆でもかまいません)

そして、それらの型を行うことによって「合」に至ります。

つまり、天神明進流柔術も、太極拳同様、「正・反・合」という思考方法を用いたものであった、という事が分かったのです。

この考えに行き着いたのが、今月13日の稽古のときです。

当会の稽古生たちとの研究の日々と、当会黒帯のS氏(注:当会はもともと柔術の研究会だったので、黒帯という段位分けをしていました)の考察から、この考えに至りました。(S氏の深い洞察力と技の解析能力は、山﨑先生も認めており、これだけ高い能力を持った人はまずいない、とおっしゃっていました。そのS氏の考察が無ければ、私も未だに答えが出なかったでしょう。彼には感謝の言葉もありません。)

では、「正・反・合」を具体的にどのように考えて型稽古に取り組めばよいのか?これについては当会の秘伝にしようと思っています。

ここに行き着いたことで、二柱と大渡がなぜ難しいのか?の答えがはっきりと出ました。

ここで言う「難しい」とは、単に技がなかなか出来ない、というだけの意味ではありません。なぜこの2つの技(型)だけがこんなに難しいのか、の理論的答えが出るまで、私は20年も掛かった、ということ。私一人では到達することが無理で、仲間がいたことでやっとたどり着けたこと、これらを考えると、この答えに行き着くことが、かなり「難しい」わけです。

第56代小野寺先生から「二柱には、天神明進流柔術の全ての技が含まれている」と教わっていました。だから難しいし、一番最初の技なのだと聞いていました。ここまでたどりつけてやっと、この言葉の本当の意味が分かりました。

私は山﨑寛先生から、陳氏太極拳を学び、今も続けて学んでいる最中ですが、ただ単に技を学んでいるだけではありませんでした。

太極拳を学ぶことを通じて、本当にさまざまなことを山﨑先生から教わり、それらの知恵を拝借して、天神明進流柔術の技(型)の解明に挑んでいました。

私が天神明進流柔術を始めてから、今年で20年目です。

10月13日までだと、正確には、20年と3ヶ月9日。

ようやく次のステップへ、進むことが出来ます。

以前、散打指導教官から私に頂いたアドバイスの中に、「開き直る」というものがありました。

この「開き直る」でさえ、「正・反・合」の中にあり、稽古によって導かれるものだと、思ってもいませんでした。

「開き直る」という言葉が、単に「あきらめる」というものではない、ということに気付いたことも、私にとって大きかったですね。

今回の記事は、読んでいる人にとっては「何のことやら、さっぱりワカラン・・」と思いますが、私にとって大きな歴史的転換点となると思っていますので、記録としてこのブログに残しました。

まあ、日記ですね。ブログ本来の使い方、かな?

 

 

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