初めまして、鋭貫道二代目総師範の白怒火眞一朗です。
何かのご縁でこのホームページを訪れ、こうしてこの文章を目にしているのも、また縁というものでしょう。少し私の話にお付き合いいただければ幸いです。
堅苦しい話ではありません。私が武術を始めた経緯を、酒でも飲みながら話すような気持ちで書いています。お酒(お茶でも)を用意して、気楽にお読みください。

始めたのは、意外と遅かった…
私が武術を本格的に始めたのは、社会人になってからです。
武術家によくある「幼少の頃から武術を習い……」というわけではありません。
この話をすると、結構驚かれます。
幼い頃から修行していたわけでも、父が武術をやっていたわけでも、代々武術家の家柄だったわけでもありません。父は普通のサラリーマンで、武術とは無縁でした(週末にゴルフの打ちっぱなしに行く程度でしたから)。
武術との出会いは、大学卒業後に実家へ戻ってから、古流武術を教えているところを自分で探したことに始まります。月刊「秘伝」の道場ガイドを頼りに、家から通える場所を探し、たどり着いたのが野太刀自顕流剣術でした。
話はここから一気に過去へ戻ります。
小学校1年が終わった春休みのこと、父の転勤で関西から関東へ引っ越しました。
あの日のことは、なぜか今でもよく覚えています。
夕日がとても眩しかった。タクシーが来るまでの間、母は隣のママ友と立ち話をしていました。
もうこれでお別れで、ほぼ会うこともなくなるわけですが、なにしろ小学1年の3月ですから、そんな感傷的な気分にはほとんどなりませんでした。
今思い返すと少し寂しく感じられるのは、幼いながらもある程度わかっていたということでしょうか。
引っ越しによって、私の状況は一変しました。
小学2年の始業式から新しい学校生活が始まったのですが、すぐに暗黒の日々が訪れました。
自己紹介のとき、関西弁だった私はすぐに「変わった存在」として見られたようです。初めての土地ですから友達は誰もいない、周り全てがアウェイの状態です。
1年生まで人間関係で不安な思いをしたことがなかった私は、いつも通りニコニコしながら自己紹介したことを覚えています。ところがその後、「関西弁!」と囃し立てられ、多少馬鹿にされていたことは子供心にもわかりました。悲しくないわけがありません。
通学班ではいじめられ、帰り道で鉢合わせれば殴られるという、理不尽な日々が続きました。
小学校に入りたての頃は、いじめの対象になっていたと思います。
幸い、私は運動神経が多少よく、足も速かったため、だんだんといじめられなくなっていきました。小学校の頃は、足が速いとか野球がうまいというだけで人気者になれましたよね。私もそうでした。
その後、学年が上がるにつれていじめられることもなくなり、中学に入った頃には、同じクラスにかつてのいじめっ子がいましたが、気づけば友達になっていました。

ショックだったこと
小学校では足が速かったこともあり、中学に入ってから陸上部に入りました。ところが入部してすぐ、それまで私より足の遅かった数人の友達に追い抜かれるという、ショッキングな出来事がありました。
それでもまだ速い方ではあったのですが、大会に出るうちに、自分はそれほど足が速いわけではないということに気づいていきました。
短距離は、持って生まれた筋肉がものを言います。ある程度トレーニングを積みましたが、期待したほどには速くならず、追い抜かれた友達に追いつくこともできませんでした。
このとき初めて、生まれ持った体に限界があるなら、いくら努力しても埋められないものがあると知りました。それならば、努力次第で伸ばせる何かをやりたい——そう思い至ったとき、いじめられた経験と、強さへの憧れが重なって、武術をやってみたいという気持ちが生まれました。
こうして文章にしてみると、私がなぜ武術を始めるに至ったのか、改めて腑に落ちる気がします。いじめられた経験、努力しても限界を感じた足。いじめがなければ、強さへの憧れはここまで育たなかったかもしれません。
あの頃、父の転勤がなく、同じ場所に住み続けていたら、私はどうなっていたのか——想像もつきません。

強さへの憧れ
武術を身につけたい、強くなりたいという思いは、子供の頃から異常なほど強くありました。
大人になった今も、その情熱が冷めることなく続けてこられたのは、どうやらあの頃の経験に根ざしているようです。
幼い頃の強烈な体験というものは、その後の人生を静かに、しかし大きく決めてしまうものだと、今つくづく感じています。
そんな思いで武術を志したのですから、ありきたりな武術では納得できなかったのも当然かもしれません。
中学、高校、大学と、習おうと思えば機会はありました。ただ、近くに自分が納得できるような、何か特別な武術が見つからなかったこと、そして高校時代に音楽にのめり込んでしまったこともあり、社会人になるまで武術を本格的に習う機会がありませんでした。
武術人生の始まり
社会人になってようやく本腰を入れて探し始め、近くに野太刀自顕流剣術を教える先生がいたことは、本当に幸運でした。
稽古している人も少なく、希少性の高い流派だということも、やってみようという気持ちを後押ししました。
幕末に名を馳せた剣術ですが、私が社会人になったあの当時でも教えている場所は少なかったと思います。
この剣術を習い始めたことをきっかけに、人との出会いが次の出会いを呼び、さまざまな武術と縁が結ばれていきました。
経歴をご覧いただければわかりますが、それぞれの武術において、ただ習っていたというだけでは終わっていません。
天神明進流柔術では、天神明進流柔術では、師から『目録の位だから黒帯を締めてよい』と言われました。沖縄小林流空手・沖縄古武道では、それぞれ四段を取得しています。陳氏太極拳では、師匠から「ぜひ伝えていってください。わからないことがあればまた聞きに来てください」という言葉をいただきました。口頭での教授免状のようなものです。鋭貫道は流派を継承し、現在二代目総師範を務めています。
肩書という意味では、野太刀自顕流剣術だけは何も持っていません。ただ、この流派はどこの会派でも段級や黒帯といったものを設けていないと思います。そういった武骨なところが、また好きなんですけどね。

心境の変化
武術を始めた当初は、とにかく実戦的な強さを追い求めていました。武術をやるからには強くなければ意味がない、そう思っていました。
ところが鋭貫道の総師範となってから、少し心境が変わってきました。強さそのものを求めるというよりも、技術的なこと、精神的なこと、哲学的なことへの興味が深まってきたのです。
稽古を通じて肚の感覚がわかるようになってくると、この感覚だけで十分ではないかと思うようになりました。
無理な力が入っていない、全身が肚を中心にまとまって、無駄な動きもなくなってくる。気持ちにゆとりが生まれ、そもそも争う気持ちが薄れてくる。不思議なことに、そんな心持ちになっていくのです。
ですから今の私の稽古の中心は、肚や中心軸の感覚を育て、どんな動きをしてもその感覚が崩れないようにすることにあります。
鋭貫道の強さ
鋭貫道は打撃主体の武術です。動きが速く、打撃力も強い。それでいて腕力に頼らない、独自の戦術を持っています。
また、瞬間的にではありますが、自分を超える力を引き出してしまう武術だとも認識しています。
言ってしまえば「命の前借り」——今この瞬間に命を削って力を引き出すような、そういう側面があります。
美しい型があるわけでも、何百年もの歴史があるわけでもありません。基になった武術には歴史がありますが、鋭貫道は師匠が現代人に合わせて作り上げた、新しい武術です。
ただ、師匠の実戦経験から証明されたものと、そこから導き出された哲学がある。それだけの武術です。

鋭貫道を広めていく
流祖の「犯罪被害者を減らしたい」という静かな願い。
私が目指す「見た目は普通なのに、実はとても手強い」身体と心。
その手強さは、自分自身をよく知っていることから生まれます。
そんな人が一人でも増えれば、社会全体が少しずつ安心できる場所になると信じて、鋭貫道を広めていくことを決めました。
これまで私が身につけてきた武術も統合し、投げ技、関節技、武器術、杖術も今後は伝えていくつもりです。
剣術については影流刀道があります。刀身を下にして構える、一風変わった剣術です。
鋭貫道と親和性が高く、同じ身体操作で扱うことができます。
「強くなりたい」人も、「体を整えたい」人も
強くなりたいという方はもちろん、健康志向の方も大歓迎です。
他流派の武術をやっている方も歓迎します。他流派をやっている方であれば、参考になる技術や考え方がきっとあると思います。かつての私もそうでした。鋭貫道を習ったことで、柔術や太極拳への理解が深まりました。
これまで培ってきた武術をそのまま活かしながら、鋭貫道の技を融合させて「自分の技」へと昇華させる——私はそれができると考えています。型を持たない鋭貫道の利点は、まさにそこにあります。
稽古はとても楽しいものです。続けていくうちに、今まで動かなかったところが動くようになり、できなかった技ができるようになっていきます。するとなぜか、気持ちにゆとりが生まれ、自分の感情を落ち着いて扱えるようになってくる。身体の内側から、静かに変化が起きてくるのです。
身体を鍛え、調整していくことは、考え方や行動にも直結します。嫌なことが続けば腹が痛くなり、悩みが重なれば体のあちこちに不具合が出る。そういった心と体のつながりを、稽古を通じて整えていくことも、雙武會の稽古の本質だと思っています。

終わりに
ずいぶん長くなってしまいました。
お酒も飲み終わってしまいましたね。

ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
よろしければ、ぜひ一度体験に来てください。一緒に稽古しましょう。