「肚」について

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武術の世界では「丹田」という言葉がよく使われます。丹田を鍛える、丹田に力を込める——そういった表現を聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。

ただ、この「丹田」という言葉はもともと中国の道教思想に由来するものです。道教における気の概念と深く結びついており、日本に伝わる過程でそのまま使われるようになりました。言葉としては定着していますが、日本人にとって本来なじみのある言葉ではありません。

「肚」という言葉

私がこの感覚を伝えるときに使うのは、「丹田」ではなく「肚(はら)」という言葉です。
「肚が据わる」「肚を決める」「肚の底から」——日本語にはもともと、肚にまつわる表現が数多くあります。覚悟や意志、感情の深いところを表すとき、日本人は古くから「肚」という言葉を使ってきました。身体の中心としての肚は、日本人にとって決して遠い概念ではないはずです。

正中心と臍下の一点

丹田の位置については、おへその下あたり、というのが一般的な説明です。「丹田」を調べてみると、気の田のこととありました。気から成る丹を耕す田んぼという意味です。臍下3寸あたりの肚の中に、ピンポン玉からソフトボールほどの大きさの丹を耕す田んぼがあるとイメージするものではないかと思っています。

ですが日本では、ボールのような球体というイメージではなく、究極のところ一点であるようです。これに近い概念として私が参考にしているのが、肥田式強健術の「正中心」と、心身統一合氣道の「臍下の一点」です。
正中心とは、身体の真の中心点のことです。肥田春充はその点を意識し鍛えることで、身心ともに統一された状態が生まれると説きました。臍下の一点も同様に、おへその下のある一点に意識を集め、完全に力を緩めてリラックスした状態で、心身共に安定させるという考え方です。
言葉は異なりますが、どちらも指し示しているものは同じだと私は思っています。身体の中心に意識の拠り所を置くこと。そこから動くこと。それが、力みのない、しかし芯のある動きを生み出す源になります。

肚を鍛えるとはどういうことか

肚を鍛えるというのは、腹筋を鍛えることとは違います。もちろん体幹の強さも関係していますが、それよりも「中心への意識」を身体に染み込ませていくことの方が本質に近いと思っています。
肚が据わった状態で動くと、力が末端に散らずに中心から伝わるようになります。打撃でも、投げでも、押しでも、その力の質がまるで変わってきます。鋭貫道でも陳氏太極拳でも、この肚の感覚は稽古の根幹に置いています。

日本人に伝わる言葉で

「丹田」という言葉が悪いわけではありません。ただ、概念として身体に落とし込むとき、「肚」と言った方が、日本人には直感的に伝わりやすいと私は考えています。
難しい概念ではありません。おへその少し下に意識を置いて、そこから動く。その感覚を稽古の中で少しずつ育てていく。それが、武術においても、日常の身体の使い方においても、大きな変化をもたらしてくれます。

肚を練り、中心軸を養い、何事にも動じない心と身体を作る。
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