操り人形のように。全てはこの感覚から

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まっすぐに立つとき、私は頭のてっぺんから糸で吊り上げられているようなイメージを持っています。

例えるなら、操り人形です。

糸で吊り上げられれば立ち上がり、下におろされればしゃがんでいく。常に吊られているような感覚を持って立ち、動いているときもその感覚をある程度維持するようにしています。

こうイメージすることで、姿勢を高くしたり低くしたりすることが軽くできるようになります。足で踏ん張るのではなく、吊り上げられているか、下におろされているかで動かされている——そういう感覚で動けるからです。

このイメージを持つと、身体は常に下向きにだらんと垂れ下がった状態である、という内側の認識になります。身体全体が緩み、しかしまっすぐで、踏ん張っていない。

私がこの感覚に気づいたのは、三十五、六歳の頃のことです。以来、この感覚だけは途切れることなく持ち続けてきました。

肚の感覚と、吊り上げられているイメージ

肚(下丹田)の感覚がわかってきたのは、ずっと後のことです。しかしそのときも、吊り上げられているイメージがないと上手くいかないことが多い、と感じました。

丹田呼吸法や下丹田の位置だけに意識を集中しようとすると、意識が自然と下を向き、重力や重心といった下向きの力を身体が感じてしまいます。そうなると感覚がかえって掴みにくくなり、下腹に無駄な力が入ったり、力を込めて丹田を探そうとしてしまったりと、迷い込んでいました。

中心軸のイメージも、ないよりはましですが、やはり少し違いました。身体の真ん中を通る柱をイメージしてまっすぐを保つことはできます。ただ、どうしても下向きの感覚が強くなり、身体の重さや足への負担をより強く感じてしまい、長く立っていること自体が辛くなっていきます。

ここでも、吊り上げられているイメージが解決の糸口になりました。

吊り上げられているから、下向きの感覚がない

吊り上げられているイメージを持つと、下向きの感覚がほとんどなくなります。身体はまっすぐに保たれ、足への負担も軽く感じられます。この状態で下丹田に意識を向けると、いわゆる臍下丹田と呼ばれる場所へ、自然と意識が届きやすくなります。

長年模索してきた結果わかったのは、丹田に意識を持っていくには、身体全体の力を抜けるだけ抜いた、緩んだ状態で立っていることが前提になる、ということです。

そして「身体全体が緩んでいる立ち方」をひとつのイメージにまとめたのが、「操り人形のように吊り上げられている」という感覚でした。

知覚として現れてくる

この感覚が育ってくると、本当に頭のてっぺんから吊り上げられているかのような知覚が生じてきます。そうなると、内部感覚だけで立ち方を調整できるようになります。

ここまで来ると、肚(下丹田)の感覚・まっすぐに立つこと・身体全体の無駄な力が抜けていること——この三つが同時に成り立つ状態に、自然と入れるようになります。

もちろん、実際に吊り上げられているわけではありません。重力に抗って立っていることに変わりはない。ただ、イメージの力を借りることで、脚への意識が薄れ、身体全体を使って軽く立てるようになっているだけです。

それでも、動きが軽くなるのは確かです。

私自身の体感覚をお伝えしました。稽古の参考になれば幸いです。