武術とスポーツ、何が違うのか

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「武術って、格闘技やスポーツとどう違うんですか?」
体験に来られた方から、よくこんな質問をいただきます。確かに、外から見ると似ているように見えるかもしれません。身体を動かし、技を磨き、稽古を重ねる。そういった部分は共通しています。
しかし根本のところで、武術とスポーツは目指すものが違います。その違いを少し丁寧にお伝えしたいと思います。

スポーツは「勝敗」を目指す

スポーツには、ルールがあります。そのルールの中で相手と競い、勝敗を決める。それがスポーツの本質です。
だからこそスポーツは、見ていて面白い。数字で結果が出るので、成長も測りやすい。仲間と切磋琢磨する喜びもある。スポーツはとても魅力的です。
ただ、ルールの中で最適化された動きは、ルールの外では通用しないことがあります。試合で強い選手が、必ずしも身を守る力を持っているとは限りません。また、競技として続けるには、ある程度の体力と年齢的な限界がついてまわります。

武術は「生き残ること」から生まれた

武術はもともと、戦場で生き残るために生まれたものです。ルールはありません。審判もいません。勝敗よりも先に、命がかかっていました。
だからこそ武術の技は、合理性を極限まで追求しています。いかに少ない力で、いかに確実に、危険を無力化するか。体力や年齢に頼らず、身体の理を使って動くか。そういった問いへの答えが、長い年月をかけて積み重なったものが武術です。
現代では実際に戦場へ出ることはありませんが、この「合理的な身体の使い方」は、日常のあらゆる場面で生きてきます。疲れにくい立ち方、力を抜いた動き方、咄嗟の場面での対応力——それらは稽古を通じて、自然と身についていくものです。

もう一つの大きな違い——終わりがない

スポーツには、引退があります。身体が衰えれば、競技レベルを維持することは難しくなります。
武術には、引退がありません。
身体が衰えれば、力に頼る動き方から、技と理を使った動き方へと移行していく。年齢を重ねるほどに、深みが増していく。七十代・八十代になっても稽古を続けている武術家が珍しくないのは、そういう理由からです。
これは武術が「勝ち負け」ではなく、「自分自身の探求」を目的としているからです。昨日の自分より少し深まったか。身体の感覚が少しわかってきたか。その積み重ねが稽古であり、終わりのない道です。

武術はスポーツより優れているのか

そうは思いません。
スポーツにはスポーツの素晴らしさがあり、武術には武術の深みがあります。どちらが優れているという話ではなく、目指すものが根本的に違う、ということです。
ただ、こういった方には武術が合うかもしれません。競争よりも、自分のペースで深めたい方。年齢を重ねても続けられるものを探している方。身体を動かすことで、心も整えていきたい方。勝ち負けより、身体の感覚そのものに興味がある方。

雙武會が伝えたいこと

雙武會では、武術を「生きるための総合知」として捉えています。
技を学ぶことで身体が整い、身体が整うことで心が落ち着き、心が落ち着くことで日常の判断が変わっていく。その連鎖が、稽古を続ける意味だと考えています。
スポーツ経験の有無も、体力も、年齢も関係ありません。今の自分の身体で、今から始められるものが武術です。
愛川町・厚木市・相模原市にお住まいで、少しでも気になった方は、ぜひ一度、無料体験にお越しください。