雙武會では現在、鋭貫道・影流刀道・陳氏太極拳を指導しており、古流柔術は鋭貫道の指導の中で既に導入しています。また今後は沖縄古武道も加えていく予定でいます。流派も、動きの質感も、それぞれ異なります。ですが、どの武術を稽古するときにも変わらない軸があります。
「動きそのものへの集中、重心・呼吸・身体感覚の統合」——これが、雙武會の稽古に通底する哲学です。
武術の稽古というと、技を覚えることだと思われる方が多いかもしれません。もちろん技は大切です。ですがそれ以前に、自分の身体がどう動いているかを感じ取る力がなければ、技はただの形になってしまいます。
重心はどこにあるか。呼吸は動きと一致しているか。身体のどこかに余分な力が入っていないか。こうした問いに意識を向けながら繰り返し動くことで、身体の内側に変化が起きてきます。これは数値や見た目で測れるものではありませんが、稽古を続けた方には必ず実感として現れてくるものです。
鋭貫道では、相手を制する技術を学びます。打撃が中心の護身武術ですが、その技術を支えているのは、なによりも重心の安定と身体制御です。力任せに動いても強い打撃は打てません。むしろ余分な力を抜き、重心を正しく置いた状態から生まれる動きが、自分自身でも納得がいく動きでありながら、最も効果的に相手に伝わります。鋭く速い動作のなかにも、「動きそのものへの集中」は常に求められます。
陳氏太極拳では、この集中がより明確な形で現れます。ゆったりとした動作のなかで、重心の移し方・呼吸・身体感覚を一致させながら動く。力に頼れない分、意識の向け方がそのまま動きの質に反映されます。稽古のなかで「今、重心はどこにあるか」「呼吸と動きはつながっているか」を問い続けることが、そのまま動きそのものへの集中になっていきます。
古流柔術では、相手の体勢を崩す「理合い」を学びます。力でねじ伏せるのではなく、相手の重心の動きを読み、わずかなタイミングで崩す。そのためには、まず自分の重心と身体感覚が整っていなければなりません。自分が整っていない状態で、相手の崩しを感じ取ることはできないからです。
武器術においても同様です。釵・短棒・刀——道具が変わっても、それを操る身体の使い方の本質は変わりません。武器を持っている分だけ誤魔化しか効かず、武器に振り回されることのない身体操作が必要になってきます。道具と身体感覚の統合を図る良い稽古となります。
こうして見ると、流派や武術の種類が違っても、稽古の土台は一つであることが分かります。雙武會で複数の武術を学ぶことの利点は、この土台をさまざまな角度から確認できるところにあります。鋭貫道で気づいた身体の使い方が、太極拳の稽古で深まる。太極拳で養った重心感覚が、古流柔術の崩しに活きる。それぞれの武術が独立してあるのではなく、互いに響き合いながら理解を深めていく。
雙武會の稽古の目的は、ただ単に強さを身に付けるでも、試合に勝つことでもありません。動きそのものへの集中を深めることで、身体と精神の在り方を整えていくこと。それが積み重なった先に、実用に耐えうる実力も伴った「生きるための総合智」としての武術が見えてくると考えています。
どの武術から始めても、どの入口から入っても、たどり着く場所は同じです。自分の身体を知り、整え、動かしていく——その探求に、終わりはありません。
