武術を稽古している方であれば、よく分かることだと思います。
身体を鍛えることは大切です。しかし、鍛え方によっては、武術の動きを良くするどころか、かえって身体を硬くし、技の妨げになることもあります。
私自身も、常に注意しているところです。
身体の鍛錬方法には、さまざまなものがあります。
最も分かりやすく、効果を自覚しやすいものの一つが、主に表層の筋肉を鍛える一般的な筋力トレーニングです。腕立て伏せ、腹筋運動、懸垂、スクワット、腿上げ、短距離走などは、体育の授業などでも経験した方が多いでしょう。
こうしたトレーニングは疲労を感じやすく、鍛えている部位も分かりやすいため、達成感を得やすい方法です。
筋力トレーニングそのものが悪いわけではありません。適切に行えば、筋力、持久力、身体の安定性を高めることができます。この分野については、ほかのサイトでも詳しく解説されていますので、今回は取り上げません。
武術の鍛錬として気をつけたいのは、身体の一部分だけへ意識を集中させるような鍛え方です。
例えば、肩周りだけ、腰周りだけ、股関節だけを意識して、そこだけを繰り返し動かすような方法です。
部分的な鍛錬は、使っている場所を自覚しやすいため、「鍛えている」という感覚を強く得られます。
しかし、その部分だけを動かそうとする習慣が身につくと、身体全体のつながりを崩してしまうことがあります。特定の筋肉だけが過剰に緊張し、ほかの部分との連動が失われる可能性もあります。
仙骨を反ることと、腰に力を入れることは違う
特に注意したいのが、仙骨や腰の扱いです。
「仙骨を反る」「腰を反る」と説明すると、腰のすぐ上にある脊柱起立筋や多裂筋などへ強く力を入れ、腰を極端に反らせてしまう人がいます。
しかし、私が考える「仙骨を反る」という動作は、腰の筋肉を緊張させて、力任せに反ることではありません。
腰の一部分だけへ力を入れて反り続けると、腰周りの筋肉が硬くなり、痛みや違和感につながることがあります。そのような使い方を繰り返せば、腰の柔軟性が失われ、前屈や後屈もしにくくなる可能性があります。
武術の動作においても、腰が固まっていると、そこで全身の力の流れが止まります。
脚から生まれた力が腰から上へ伝わらない。上半身の動きが腰で分断される。相手から加えられた力を腰の一部分だけで受けてしまう。技をかけようとしても、腰の力みが生じて掛からない。
このような状態になれば、鍛えたはずの筋肉が、かえって技の障害となります。
大切なのは、腰だけを強く反らせることではありません。腹部を含めた全身の余計な力を抜き、その結果として仙骨が自然に反る状態を作ることです。
肩を鍛えることで、首まで固めない
肩周りも同様です。
肩の力を抜いたまま鍛錬できればよいのですが、肩はもともと力の入りやすい場所です。さらに、肩へ力を入れると、首の筋肉まで一緒に緊張しやすくなります。
以前、「首の力を抜かなければ、まっすぐに立つことはできない」という内容の記事を書きました。

首に力が入った状態では、頭の位置がずれ、全身の中心軸も崩れます。本人はまっすぐに立っているつもりでも、実際には首や肩の緊張によって、姿勢が歪んでいることがあります。
肩周りの鍛錬方法を間違えると、肩だけでなく首の筋肉まで緊張させ、さらに硬くしてしまいます。
武術に必要なのは、肩を固めて腕を動かすことではありません。首、肩、背中、腰、脚までがつながり、全身の動きとして腕や武器を扱えることです。
武術の鍛錬は、全身で行う
こうした問題を避けるためにも、武術の鍛錬は、身体の一部分ではなく全身のつながりを考えて行う方がよいと思います。
昔から日本や中国の武術に伝えられてきた鍛錬には、全身を使わなければ行えないものが数多くあります。
よく知られているものの一つが、相撲の四股です。
四股立ちや四股踏みを、下半身強化のために取り入れている方も多いでしょう。しかし四股は、単に脚の筋肉だけを鍛える運動ではありません。
姿勢を保ち、股関節を開き、片脚で身体を支え、上半身と下半身のバランスを取らなければなりません。正しく行えば、脚だけではなく、体幹や身体全体の連動を鍛えることができます。
歩法を利用した鍛錬もあります。
例えば、弓歩、いわゆる前屈立ちの姿勢から、目線の高さを変えずに前方へ進みます。一度足をそろえ、そこから再び大きく前へ踏み出します。
姿勢を低く保ったまま繰り返せば、脚だけではなく、股関節、骨盤、体幹を連動させる鍛錬になります。
太極拳の動作も全身鍛錬になる
太極拳の動作にも、全身を使う鍛錬が数多く含まれています。
例えば、攬扎衣では、弓歩の姿勢を保ちながら、腰を含めた上半身を正面へ向けていきます。
六封四閉では、後ろ脚を股関節から前方へ回し込み、前脚側鼠径部へ身体を乗せていきます。
擺脚では、足を地面との摩擦によって一度押さえ、その押さえを外すことで、脚を自然に蹴り上げます。
跌岔では、床へ低く座り込んだ姿勢から立ち上がり、最終的に片脚立ちへ移行します。
これらの動作は、身体の一部分だけでは行えません。
脚、股関節、骨盤、腹部、背中、肩、腕までをつなげ、全身を一つの動きとして使う必要があります。その過程で、身体の深層にある筋肉を含め、姿勢を支えるためのさまざまな筋肉が自然に働きます。
単に特定の筋肉へ力を入れるのではなく、全身のつながりを保ちながら身体を操作すること自体が、武術的な鍛錬になるのです。
型の中から鍛錬方法を取り出す
このほかにも、各流派には、その武術の技や身体操作に適した鍛錬方法が残されているはずです。
仮に独立した鍛錬法が伝わっていなくても、型の動作から取り出して行うことができます。
例えば、普段より姿勢を低くして、型の一つの動作を体育館の端から端まで繰り返す方法があります。
突きを行う場合も、腕だけで何度も突くのではなく、型の中の足運び、腰の動き、体幹の回転を保ちながら、全身を使って繰り返します。
投げ技の入り身、剣術の素振り、棒術の打ち込みなども、動作の一部分だけを切り取るのではなく、足元から武器の先端までを一つにつなげて行えば、それ自体が全身鍛錬になります。
鍛錬とは、ただ身体を疲れさせることではありません。
強い疲労や筋肉痛があったからといって、それだけで武術に必要な身体が作られたとは限りません。
鍛えた部分が硬くなり、ほかの部分とつながらなくなってしまえば、武術の動作としては逆効果になる場合もあります。
どこの筋肉が疲れたかだけではなく、全身がどのようにつながって動いたのか。力が途中で止まっていないか。余計な力みが生じていないか。稽古後に身体の一部分だけが極端に硬くなっていないか。
そのような点を確認することが大切です。
武術における鍛錬では、身体の一部分だけを強くするのではなく、全身をつなげて使えるようにすることをお勧めします。
鍛えれば鍛えるほどよいとは限りません。
必要なところを働かせながら、不要な力は入れない。筋力を身につけながら、身体の柔らかさとつながりを失わない。
そのバランスを保つことが、武術の身体を作るうえでは重要だと思っています。
