「護身術」と聞くと、特定の状況から逃れるための技を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
例えば、胸倉をつかまれたとき、後ろから抱きつかれたとき、手首や腕をつかまれたとき。そこから相手の手を外し、距離を確保して逃げる。あるいは、関節技や投げ技などを使って、その場で相手を制する。
多くの護身術教室では、このように状況を設定し、それに対応する技を稽古していると思います。
こうした方法を知識として学ぶことには、意味があります。一度も考えたことがない人より、危険な状況を想定した経験がある人のほうが、咄嗟の際に選択肢を持てる可能性があるからです。
しかし、その技を知っていることと、実際の場面で使えることは別の話です。
想定どおりには始まらない
実際に危険な状況へ置かれたとき、教室で練習したとおりに相手が動いてくれるとは限りません。
相手の体格や力、人数、興奮状態、武器の有無によって状況は変わります。こちらの体調や服装、足元の状態、周囲の障害物も影響します。家族や友人と一緒にいるなら、自分だけ逃げればよいわけでもありません。
何より大きいのが、心理状態です。
突然襲われれば、恐怖で身体が固まることがあります。頭が真っ白になり、教わった技を思い出せないこともあるでしょう。普段なら簡単にできる動作であっても、強い緊張の中では同じように動けません。
「胸倉をつかまれたら、この技」
「後ろから抱きつかれたら、この技」
そのように一つの状況と一つの答えを結びつけて覚えても、現実がその想定から少し外れただけで、何もできなくなる可能性があります。
この意味で、技の手順を覚えることを中心とした護身術は、必ずしも実戦的とはいえないと私は考えています。
数回習った技を本当に使えるのか
一日講習や数日間の護身術教室で、いくつかの技を覚えることはできます。
しかし、それを強く抵抗する相手に使えるかどうかは、別の問題です。
武術を始めて一年程度の人であっても、型として技を再現することはできるでしょう。それでも、予告のない攻撃を受け、恐怖や混乱の中で、相手の動きに応じて技を変えられるかどうかは分かりません。
「急所を狙えば、力は必要ない」と説明されることもあります。
確かに、急所への攻撃が有効な場合はあります。しかし、人間は自分の急所を本能的に守ります。相手も動いているため、小さな急所を正確に狙えるとは限りません。
急所を知っているだけで、必ず当てられるわけではないのです。
咄嗟の場面で身体が反応するためには、一度教わるだけではなく、基本動作を繰り返し、相手や状況が変わっても動けるところまで稽古を続ける必要があります。
相手を傷つけた後の問題
護身を考えるうえでは、技が成功した後のことも考えなければなりません。
相手を転倒させたり、関節を壊したり、強い打撃によって怪我を負わせたりすれば、それで問題が終わるとは限りません。刑事上・民事上の責任が問われる可能性もあります。
日本の刑法では、正当防衛が成立するために「急迫不正の侵害」に対し、「自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為」であることが求められています。防衛の程度を超えた行為は、過剰防衛として扱われる可能性があります。これは武術の段位だけで決まるのではなく、攻撃の危険性、反撃の必要性や程度、当事者の体格、逃げる余地など、具体的な状況から判断されます。
参考:刑法第36条(正当防衛)―e-Gov法令検索
武術を学んでいるからこそ、「どこまでやれば相手を止められるのか」だけでなく、「どこで止めるべきか」も知らなければなりません。
相手を倒すことが護身の目的ではありません。自分や守るべき人が、その場から無事に離れることが目的です。
雙武會では「護身術は成り立たない」と考える
鋭貫道流祖は、常々「護身術は成り立たない」と話していました。
これは、身を護ることが不可能だという意味ではありません。
特定の状況に対応する技だけを取り出し、それを短期間覚えれば護身になる、という考え方では不十分だということです。
流祖の考えは、きちんとした実戦武術を継続して身につけなければ、実際の危機に技を使うことは難しい、というものでした。
私も、この考えに同感です。
雙武會では「このようにつかまれたら、この技を使う」という手順だけを、護身術として切り離して教えることを中心にはしていません。
まず攻撃する側の動きや身体操作を学びます。人がどのように力を出し、どのような角度から攻撃し、どこで体勢を崩すのか。それを自分でも稽古するからこそ、相手の攻撃がどのように成り立っているのかが分かります。
攻撃の仕組みが分かれば、どこを外せば力が伝わらないのか、どの方向へ動けばよいのか、どの瞬間に逃げられるのかも見えてきます。
つまり、護身のための技だけを覚えるのではなく、攻撃を学ぶことで防御を理解するのです。
これが私たちの考える「護身武術」です。
攻撃するためではなく、生きて帰るために
雙武會では、打撃を中心とする攻撃的な武術である鋭貫道を、基本体術として稽古します。それに加え、希望や習熟度に応じて、投げ技、関節技、崩し技、武器術なども学びます。
ただし、目的は人を傷つけることではありません。
鋭貫道には、攻撃しながら相手から離れ、逃げるための独自の稽古があります。相手といつまでも打ち合うのではなく、自分の安全を確保し、その場から離脱することを重視します。
本来は実戦武術ですが、雙武會では現代の日本社会に合わせ、「護身武術」として指導しています。
危険な場面で必要なのは、覚えた技を無理に使うことではありません。危険に早く気づき、近づかず、可能であれば逃げることです。声を上げ、周囲へ助けを求めることも立派な護身です。
それでも逃げられず、身を護るために動かなければならないとき、日頃の稽古によって身につけた身体操作や判断力が役に立つ可能性があります。
技をいくつ知っているかではなく、状況が変わっても自分の身体を動かせるか。
そこまで継続して学んで、初めて武術が護身につながるのだと、私は考えています。
護身武術を始めてみませんか
ここまで読むと、難しく厳しい稽古を想像されるかもしれません。
しかし、雙武會の稽古は、明るく、楽しく、安全に行っています。初心者の方に、いきなり危険な技や激しい対人稽古をさせることはありません。基本的な立ち方や身体の動かし方から、それぞれの体力や経験に合わせて進めていきます。
護身術を身につけたい方、運動不足を解消したい方、武術独特の身体操作に興味がある方。女性の方や、中高年から新しいことを始めたい方も歓迎しています。
短期間で「使える技」を覚えるのではなく、いざというときに動ける身体と判断力を、時間をかけて育ててみませんか。
興味を持たれましたら、ぜひ一度、雙武會の体験稽古へお越しください。

