試合は、どれほど実戦に近づけても実戦そのものではありません。
なぜなら、そこにはルールがあり、戦う場所と時間が決められ、対戦相手もあらかじめ分かっているからです。安全のために防具やグローブを着用すれば、現実の戦いとはさらに条件が異なります。
もちろん、これは試合に意味がないという話ではありません。試合には、技術を競い、緊張の中で自分の力を試すという大きな価値があります。
しかし、試合と実戦は同じものではありません。
「なんでもあり」なら実戦に近いのか
では、ルールをできるだけ少なくした「なんでもあり」の組手であれば、実戦といえるのでしょうか。
確かに、通常の試合よりは近づくでしょう。それでも、組手を行う場所と時間が決まっており、戦う相手も分かっています。つまり、心の準備をしたうえで向き合うことができます。
以前、私が沖縄空手を学んでいた頃、「なんでもあり」に近い形式で組手をしていた時期がありました。当時は古流柔術も併修していたため、突きや蹴りだけでなく、投げや関節技も使っていました。目突きや金的への攻撃も想定し、防具やグローブも着けずに行っていました。
稽古開始後の30分と、終了前の30分を使って行っていたのですが、始まっても、すぐには動けません。下手に間合いへ入れば、何を受けるか分からないからです。
打撃も本気で行います。手加減はありません。当たり所が悪ければ、ひどいけがになることも考えられます。
このような状況では、互いに大きな技を出さなくても、間合いを探り、わずかな動きに反応しているだけで汗が流れ、息が切れていきます。30分が終わる頃には汗びっしょりになり、互いに大の字になって動けないほど疲れていました。
ただし、これは過去の私自身の稽古経験です。現在の雙武會で、このような危険性の高い組手を行っているわけではありません。
この稽古は、現代の試合というより、かつての果たし合いに近い感覚だったのかもしれません。相手の力量が分からず、一つの判断を誤れば大きな怪我につながる。その緊張感を知るという意味では、学ぶものがありました。
それでも、お互いに戦うことを了承し、場所と時間を決めて向かい合っています。武術家同士の決闘に近い状況ではあっても、雙武會が考える実戦とは、さらに異なるものです。
実戦では、何も決まっていない
雙武會が想定する実戦とは、心の準備をして向かい合うことではありません。
まったく予想していなかったときに、予想していなかった場所で、突然襲われる。相手が一人とは限らず、複数人かもしれない。武器を持っている可能性もあり、こちらが家族や仲間と一緒にいることも考えられます。
試合会場のように、安全を確認してくれる審判はいません。開始の合図もなければ、反則を止めてくれる人もいません。地面の状態や周囲の障害物も選べず、逃げる方向さえ限られているかもしれません。
考えすぎだと思われるかもしれません。しかし、いつ、どこで、どのような状況に巻き込まれるか分からないという前提を持たなければ、実戦や護身について考えることはできないと私は思っています。
だからこそ、護身では相手を倒すことだけが正解ではありません。危険に早く気づくこと、近づかないこと、逃げること、周囲の人へ助けを求めることも重要です。戦わずに済むのであれば、それが最もよい結果です。
師匠が生き抜いてきた実戦
私の師匠であり、鋭貫道流祖は、そうした厳しい状況を実際に生き抜いてきた方です。その経験をもとに、実戦で使える技と身体操作、そして生き残るための考え方を突き詰めてきました。
私はそれを伝授され、現在はその一部を稽古生へ指導しています。
師匠から教わったのは、技や体術だけではありません。むしろ、最も重要なのは哲学であると教えられてきました。
私はもともと、型や伝統を重視しすぎるところがありました。型を身につけること自体が目的となり、そこから外れることを恐れていたのです。
師匠は、私と出会った当初から、その問題を見抜いていました。
「君に型は不要。他人の鎧を着て満足しているだけだ」
厳しい言葉でしたが、今ではその意味がよく分かります。
型は、技や身体操作を伝えるための大切な方法です。しかし、型に囚われ過ぎていると、自分の中から出てくる本来の動きが妨げられ、想定外の状況に対応できなくなってしまう可能性が高くなります。これでは自分を守るどころではありません。
大切なのは、型の外形を守ることではありません。そこに含まれている原理を理解し、自分の身体で使えるものへ変えていくことです。
鋭貫道が広く教えられるようになった理由
師匠は海外で、犯罪によって命を落とした方々を目にするたびに、心を痛めていたそうです。
「少しでも武術の心得があれば、何とかなったかもしれないのに……」
もちろん、武術を学べば必ず犯罪被害を防げるということではありません。どれほど鍛えていても、対処できない状況はあります。
それでも、危険へ気づく力、咄嗟に身体を動かす力、逃げるための判断力が少しでもあれば、結果が変わる可能性はあります。
一人でも犯罪被害に遭う人を減らしたい。その思いが、師匠が鋭貫道を広く伝えようと考えるきっかけになりました。
私も二代目総師範を継承したとき、その考えに深く賛同し、これまで限られた人に伝えられてきた鋭貫道を、必要とする方へ広く教えていこうと決めました。
日本は比較的安全な国ですが、どこにいても犯罪やトラブルと無縁でいられるとは限りません。だからといって、常に周囲を疑い、恐れながら暮らす必要はありません。
必要なのは、恐怖ではなく備えです。
稽古は明るく、楽しく、安全に
ここまで、少し堅く、物騒な話になってしまいました。
しかし、雙武會の普段の稽古は、明るく、楽しく、安全に行っています。いきなり危険な組手をしたり、激しい稽古を強制したりすることはありません。
実戦について深く考えていけば、今回書いたような厳しい内容にも行き着きます。しかし、どこまで学び、どこまで突き詰めるかは、稽古する本人次第です。
護身術を身につけたい方、運動不足を解消したい方、武術独特の身体操作に興味がある方。それぞれの目的に合わせて、無理のないところから始めていただけます。
鋭貫道は、一つの型に身体を押し込める武術ではありません。基本を学びながら、それぞれが本来持っている自然な動きを引き出していきます。初心者の方にも、武術経験者の方にも、新しい身体の使い方を感じていただけると思います。
難しく考える必要はありません。
まずは一緒に身体を動かし、武術の楽しさに触れてみませんか。
雙武會では、現在、一緒に稽古する仲間を募集しています。女性の方、武術未経験の方、中高年から新しいことを始めたい方も歓迎しています。
興味を持たれましたら、ぜひ一度、体験稽古へお越しください。実際に身体を動かし、稽古の内容や道場の雰囲気を確かめていただければと思います。
皆さまのご参加をお待ちしております。

