心を新しくして事に當れ——頭をまっさらにするということ

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塚原卜伝先生の言葉に、「心を新しくして事に當れ」というものがあります。

そして鋭貫道創始者であり、私の師匠でもある先生は、「頭をまっさらにする」と言われていました。

言葉の表現は異なりますが、私はこの二つは本質的に同じことを語っていると思っています。

それは、「過去の自分」や「固定観念」に支配されず、今この瞬間に対して自然に応じる、ということです。

武術の稽古を続けていると、知識や経験が増えていきます。技の形を覚え、相手の動きもある程度は予測できるようになります。過去にうまくいった方法もあれば、失敗した記憶も残ります。

しかし、その経験が自分を縛ることもあります。

「この場合はこう動くべきだ」
「この技はこの形で使うものだ」
「相手はこう動くはずだ」

そのように頭の中で先に答えを決めてしまうと、目の前の相手をそのまま見ることができなくなります。

実際の相手は、こちらの予想通りには動いてくれません。同じ技に見えても、間合い、速度、力の方向、相手の体格によって、状況は毎回異なります。

だからこそ、頭をまっさらにする必要があります。

これは何も考えないという意味ではありません。また、これまで学んできたことを捨てるという意味でもありません。

積み重ねてきた知識や技術が自然に働くように、余計な判断や執着を一度外すのです。

塚原卜伝先生の「心を新しくして事に當れ」という言葉も、同じ境地を示しているように思います。

過去の成功に慢心しない。失敗に怯えない。以前の経験をそのまま目の前の状況へ当てはめない。今起きていることを、今の自分で受け取る。

武術では、一度として同じ瞬間はありません。

相手も変わり、自分も変わり、間合いも変わります。過去の答えだけで対応しようとすれば、かえって動きが遅れます。

「心を新しくして事に當れ」

「頭をまっさらにする」

時代も流派も異なる二人の師が、同じ境地を語っているように私は感じています。

そして、この二つの教えは、私が現在追求している「自然体」と深くつながっています。

自然体とは、単に身体の力を抜くことではありません。

身体だけ脱力していても、頭が理屈で固まり、心が過去に囚われていれば、動きは自然にはなりません。頭も心も余計なものを持たず、目の前の状況をそのまま受け入れることで、初めて身体も自然に働きます。

無理に逆らわず、ただ流されるのでもなく、その瞬間に最も適した形で応じる。

それが、私の考える武術における自然体です。

もちろん、これは言葉で理解しただけで身につくものではありません。形を繰り返し、相手と向き合い、自分の力みや思い込みに気づき、それらを少しずつ手放していく必要があります。

学びながら、学んだことに縛られない。

経験を重ねながら、経験に執着しない。

そのような身体と心の在り方を、雙武會では稽古を通して追求しています。

雙武會では、厚木市・愛川町を中心に、鋭貫道、古流柔術、沖縄空手、太極拳、剣術、武器術などを稽古しています。技を覚えるだけではなく、身体の力みを取り、自然に動くための身体感覚を大切にしています。

武術に興味のある方、身体の使い方を見直したい方は、無料体験へお気軽にお越しください。

鋭貫道クラス 体験案内
2回まで無料で体験できます。毎週日曜日の朝9時、愛川町1号公園体育館で稽古しています。(場所は変更することがあります。詳しくはサイドバー「稽古場所」カレンダーでご確認下さい)動きやすい服装で、手ぶらでも来ていただけます。まず見学だけでも歓迎…