梅雨になると、なんとなく身体が重い、疲れやすい、動く気になれない、という感覚を覚える人は多いと思います。気分の問題だろうか、と思いがちですが、これには生理学的な理由があります。
そして武術の観点から見ると、この「重さ」はただ不快なものではなく、むしろ身体の使い方を深める機会でもあります。
なぜ身体が重くなるのか
気圧の変化と内耳
梅雨の時期は低気圧が続きます。気圧が下がると、私たちの身体はその変化を内耳の前庭器官で感知します。前庭器官はもともとバランスや平衡感覚を司る器官ですが、同時に気圧の微細な変動も感じ取り、その情報を脳幹へと伝えます。
脳はこの情報を受け取ると、交感神経(身体を緊張・興奮方向へ作用させる神経)を刺激します。ところが、気圧の低下が長く続いたり変動が繰り返されたりすると、交感神経と副交感神経のバランスが乱れ、慢性的な倦怠感や頭の重さ、痛みの増強といった症状があらわれやすくなります。これが「気象病」や「天気痛」と呼ばれる状態です。
高湿度と体温調節
梅雨のもう一つの特徴は、高い湿度です。人間の身体は発汗によって体温を調節していますが、湿度が高くなると汗が蒸発しにくくなります。蒸発できない汗は体温を下げる効果がほとんどなく、身体は熱を逃がすためにさらに汗をかき続けます。その結果、体温調節のためだけで多くのエネルギーを消費し、疲れやすい状態になります。
動いていなくても、湿度が高いだけで身体は絶えず余分な仕事をしているのです。
東洋医学的な見方
東洋医学では、梅雨の時期の不調を「湿邪(しつじゃ)」という概念で説明します。湿気が過剰になると脾胃(消化・吸収を司る臓腑)の機能が低下し、気や血の巡りが滞る。身体が重だるくなり、むくみやすくなる、という考え方です。現代的な説明とは言葉が異なりますが、指し示している現象はよく似ています。
重さに逆らわない、という選択
こういった身体の状態のとき、多くの人は「重いから頑張って動かなければ」と考えます。力んで、気合いで動こうとする。しかしこれは逆効果になりやすいのです。
すでに自律神経が乱れやすく、体温調節にもエネルギーを使っている状態で、さらに余分な筋力を動員すれば、疲労は加速します。
武術的な観点から言えば、梅雨の時期こそ「ゆるめて沈む」感覚を丁寧に使う時期です。
太極拳には「鬆沈(そうちん)」という言葉があります。力みを抜いて、重さを下へ自然に落とす状態のことです。力んで作り出すものではなく、余分な力が抜けた結果として生まれるものです。
身体が重いと感じるとき、その重さを感じながら、むしろそこへゆっくり沈んでいくような意識で動く。これは梅雨の稽古に向いたアプローチです。
この時期の身体感覚の使い方
以前の記事でも書きましたが、わたしは稽古のなかで「百会(頭頂部)から糸で吊り下げられているように立ち、お腹をだらんと垂れ下がらせる」という感覚を使っています。
この感覚は、身体が重いときにこそ入りやすくなります。
身体に重さがある日は、頭頂から吊られるイメージを持つと、その重さが自然に下へ落ちていく感覚がわかりやすくなります。抵抗せず、重さに委ねる。お腹がだらんと垂れ下がる感覚も、軽い日より捉えやすいことがあります。
梅雨の稽古は、派手に動く稽古より、こういった内側の感覚を丁寧に確認する稽古に向いています。
また、梅雨の時期に副交感神経が優位になりやすいという研究もあります。これは「ゆるめる方向へ身体が傾いている」とも読めます。それに逆らって交感神経を無理に高めようとするより、その状態を活かして、ゆるみの感覚を深める稽古をする方が、身体の自然な流れと合っています。
まとめ
梅雨の身体の重さには、内耳の気圧感知・自律神経の乱れ・体温調節のコストという、いくつかの生理学的な理由があります。それを「気合いで克服する」のではなく、身体の状態を読んで稽古の質を変えていく。これも武術的な対応の一つだと私は考えます。
重い日には重い日の稽古がある。そのなかで、ゆるみと沈みの感覚を丁寧に育てていく。梅雨の時期を、そのような機会として使ってみてください。
雙武会では体験稽古を随時受け付けております。厚木市・愛川町を拠点に活動しており、近隣の相模原市・海老名市・座間市・平塚市・伊勢原市の方にもお越しいただけます。ご関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。
