「敬天愛人」手合わせ稽古会に参加してきました

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総合格闘家で元UFCファイターの菊野克紀先生が主宰する「敬天愛人」。その活動の一つである「手合わせ稽古会」に参加してきました。

参加を決めたのは約2か月前。楽しみにしていた稽古会を、ようやく体験することができました。

会場には、さまざまな格闘技や武術に取り組む人たちが集まり、それぞれが自分の技を試していました。お互いを尊重する態度で、勝ち負けにこだわらず、雰囲気は終始和やかで、まさに和気あいあい。「怪我をしない、させない」という明確なルールのもと、安全を保ちながら、適度な負荷を伴う稽古が行われていました。

これは、私にとって少し驚きでした。

他流派の稽古会では、どうしても互いの負けん気が表に出て、場の空気が張り詰めることがあります。他流派同士がお互い仲良くなることは、あまりないと思います。しかし、この稽古会には、そのような空気が一切ありませんでした。

私以外にも初参加の人がおり、年齢層も大学生から68歳の猛者までと実に幅広いものでした。

私は55歳なので、参加者の中では比較的年齢が上のほうです。それでも、私より年長の57歳と68歳の空手家が、次々と相手を替えながら稽古する姿を目にし、大いに励まされました。私も手合わせをしていただきました。先輩方の技術の巧みさはもちろん、どのような状況でも慌てずに対処する落ち着きから、多くのことを学ばせていただきました。

他にもたくさんの方たちと、次々と手合わせをしていきました。

一言で表すなら、とても楽しい稽古会でした。これほど雰囲気のよい稽古会は、なかなかありません。お互いに安全への配慮が行き届いており、安心して稽古に集中できます。

今回は「荒行編」ということで、通常よりも多少負荷が強めだったようですが、それでも終始、和やかな空気の中で稽古が進んでいきました。

一方で、今回の経験を通して、私の師匠がかつておっしゃった言葉の意味も、あらためてよく分かりました。

「試合をやると、実戦から遠ざかる」

確かに、手合わせ稽古と実戦はかなり異なるものです。

しかし、この稽古会の目的は、必ずしも実戦そのものを学ぶことではないのでしょう。他流派の人々と触れ合うことで、武術が持つ別の側面を見せてくれる場なのだと思います。

以前の私は、「武術である以上、相手を制することができなければならない」と、実戦性を重視して考えていました。しかし今は、武術にはもっとさまざまな側面があってもよいのではないかと思うようになりました。

誰も、本当に殺し合いをしたいわけではありません。多少の危険を伴う状況で、ぎりぎりの感覚を味わうことも、広い意味では一つの楽しみといえるでしょう。それならば、安全を守りながら和気あいあいと技を試し合うことも、武術の楽しみ方の一つであるはずです。

しかも、この手合わせ稽古会は、異なる格闘技や武術に取り組む人たちの交流の場です。

普段の稽古では出会わない技術に触れ、これまで知らなかった人たちと、武術を通してつながっていく。そうして新しい仲間が増えていく。これは、武術の新しい在り方なのだと、私は思いました。

参加した一人ひとりが、そこで得た経験を持ち帰り、自分の中で咀嚼し、これまで学んできたものと結びつけていく。

以前、私は「武術の統合」について書きました。その統合が、この稽古会の中でも確かに起きているように感じました。

時代は、こうしていつも新しく開かれていくのだな――。

そんなことを実感した一日でした。

(写真も撮ったのですが、著作権や肖像権の関係上アップして良いのかわからない為、今回は無しです。)