8月22日に開催された、敬天愛人「手合わせ稽古会」に、68歳の空手家が参加されていました。
手合わせ稽古会では、定められたルールに従い、20秒から40秒ほどの短い時間で次々と相手を替えながら、さまざまな武術家と技を交わしていきます。
私もその空手家と、一度だけ手合わせをさせていただきました。
向かい合ったときの第一印象は、「私よりも身長が高く、リーチが長い」ということでした。そのため、外側から攻撃を届かせるのは難しい。中に入って攻撃するか、相手が突きを出してくる瞬間に蹴りを合わせるか。私はそのように考えながら動きました。
左右の蹴りを相手の脇腹に入れることはできましたが、その後が続きません。
相手はスッと後方へ下がって距離を取り、しっかりと構え直して、こちらの出方を静かにうかがっています。私がうまく間合いに入れなくなったところで、時間が来て終了となりました。
手合わせの直後、少しお話を伺うことができました。
年上であることは分かっていましたが、まさか私より一回り以上も年上だとは思いませんでした。その方は私の蹴りを高く評価してくださり、ご自身が最近の稽古で大切にしていることも教えてくれました。
それは、「とにかく止まらずに動き続けること」、その為「歩法」、いわゆるステップワークを大切にすることでした。
その言葉を聞き、手合わせの最中に感じたことが腑に落ちました。
とにかく動きが軽やかなのです。若い人と同じようにステップを踏み、必要と判断すればすぐに距離を取る。私の蹴りを警戒し、深追いせずに間合いを外した動きは、日頃取り組んでいる歩法が、実際の手合わせの中で機能していた証拠なのでしょう。
相手の特徴と状況をすぐに分析し、今の自分が持っている技術や身体能力を最大限に活かす。
これは、まさに武術の考え方だと思います。
たとえ相手より力が弱く、スピードやスタミナで劣っていたとしても、自分の持つ武器を活かして、どのように戦うのか。相手と技を交わしている最中にも状況を判断し、戦略を組み立てていく。
これは、若い頃にはなかなかできないことかもしれません。
若いときは、勢いや力、スピードに頼ってしまいがちです。お互いに前へ出て技を出し合い、ただ打ち合うような展開になることもあります。極端にいえば、子どもの喧嘩のような殴り合いになってしまうことさえあります。
しかし、その68歳の空手家は、そのような戦い方をしませんでした。
まず私の技を見て、自分が現在取り組んでいるステップワークを活かしながら距離を取る。無理に攻めることでスタミナを消耗せず、構えを崩さない。そして、いつでも迎撃できる態勢を整える。
そうされると、こちらも簡単には入れません。
私のほうが若いからと、勢いに任せて前へ出ていたら、突きや蹴りを闇雲に出す、みっともない組手になっていたかもしれません。もちろん、その誘いには乗らないようにしましたが、それでも自分の未熟さを意識させられました。
わずか20秒ほどの手合わせです。
しかし、その短い時間の中でも、お互いに相手を観察し、戦略を立て、技術を選択するという、さまざまな駆け引きが行われていたのだと思います。
怪我をしない、させないための技量
この手合わせ稽古会には、「怪我をしない・させない」という絶対のルールがあります。
そのため、お互いに力を調整しながら技を出します。そして、自分自身で「今の技はもらってしまった」「こちらの技はしっかり入った」と判断し、それを稽古の経験として持ち帰ります。
これには、自制心と技量の両方が必要です。
うまくいかなかったときに、すぐ熱くなって力任せに動いてしまえば、何が通用し、何が駄目だったのかが分からなくなります。相手に勝つことばかり考えてしまえば、自分の課題も、相手の技の優れたところも見えなくなってしまいます。
手合わせ稽古会の素晴らしさは、参加者の皆さんが高い技量と自制心を備えていることにあります。
今回は「荒行編」ということで、一定以上の経験と技量を持つ人たちが参加していました。それでも、これほど多様な流派や競技の経験者が集まれば、対抗意識が生まれても不思議ではありません。
しかし実際には、誰も感情的になることなく、淡々と自分の技を試し、同時に相手の技を味わっていました。
異なる武術を学んできた人たちが、互いを傷つけることなく、それぞれの技術を確かめ合う。これまでの私には、なかなか想像できなかった光景です。
そして私自身も、その中に入り、貴重な経験をさせていただきました。
年齢を重ねることで得られる強さ
68歳の空手家との手合わせから感じたのは、年齢を重ねることが、必ずしも弱くなることだけを意味するわけではないということです。
若い頃のような力や速さが失われたとしても、経験によって培われた観察力、判断力、距離感、そして自制心があります。自分の現在の身体を理解し、その条件の中で技術を磨き直すこともできます。
失ったものを嘆くのではなく、今あるものを最大限に活かす。
その姿勢こそ、生涯にわたって武術を続けるために必要なものなのかもしれません。
たった20秒ほどの手合わせでしたが、私にとっては多くのことを考えさせられる時間となりました。
私もこれから年齢を重ねていきます。
そのとき、若い頃の力や勢いに固執するのではなく、自分の身体と向き合い、その時々に合った技術を磨き続けたい。そしていつか、あの方のように、年齢を感じさせない軽やかな動きで、若い武術家に何かを伝えられる存在になれたらと思います。
追伸
以前の記事に掲載した写真や動画について、当日の様子を撮影してくださったのは、八極螳螂の「チナ仙人」先生です。
チナ仙人先生がおっしゃっていた言葉で、特に印象に残っているものがあります。
「いろいろな方と、いろいろな技を試したいわけです。別にモメたいわけではありませんよね」
本当に、そのとおりだと思いました。
私たちは、モメたり喧嘩をしたりするために、武術を学んでいるわけではありません。異なる武術を学ぶ人たちと技を交わし、互いの技術や考え方に触れ、自分の学びを深めたいのです。
さらに、チナ仙人先生が、
「敬天愛人 手合わせ稽古会は、私たちにとって天国のような場所ですよ!」
とおっしゃっていたことも、強く印象に残っています。
私も、まったく同感です。
流派や経験の違いを越えて、安全に、そして純粋に技を試し合える。このような場所は、武術を学ぶ者にとって本当に貴重だと思います。
チナ仙人先生、撮影していただき、ありがとうございました!
