現代に生きるサムライ

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今日は、いつもとは少し違う話題です。

私の近所には、以前から「サムライ」と呼ばれている人が住んでいます。

なぜサムライなのかというと、普段から和装で生活しているからです。近所でも目撃情報は多く、私の家族も何度か見かけたことがあると言っていました。もちろん、私自身も以前からその姿を目にしていました。

その存在を知ったのは、もう15年以上前のことです。

彼はスマートフォンを持っておらず、移動はすべて徒歩です。バスも電車も、基本的には使いません。そして、常に和装をしています。

遠くからでもすぐに彼だと分かります。

その姿を見ていると、江戸時代からタイムスリップして、そのまま現代へ送られてきた人物のようにも思えます。

しかし、ただ昔ながらの生活を好んでいるというだけの人ではありません。

父親の仕事の都合で、子どもの頃にアメリカへ渡り、現地ではレスリングも経験していたそうです。当然ながら英語も堪能です。さらにクラシックピアノも弾くという、実に多彩な人物です。

さて、以前Xに、私が地域のお祭りでお神輿を担いだことを投稿しました。

その祭りで、なんと彼が神輿渡御の先導役の一人として参加していたのです。

以前から気になっていた人物です。これは話しかける絶好の機会だと思い、隙を見て声をかけてみました。

神輿渡御が終わったあと、あらためてお話を伺いたいと申し出たところ、快く応じてくださいました。そして本日、朝10時から彼の自宅へお邪魔することになったのです。

話した内容の詳細については、ここでは省きます。

とにかく、実にさまざまな話をしました。

彼が徒歩で岡山や能登半島、野麦峠を超えて再び神奈川に戻る約4か月にわたる旅をしていたり、仙台、青森などを巡り、さらに秋田、新潟とめぐっていたり、とにかく徒歩での旅が好きだという事。日本の歴史や歴代天皇、明治維新、東日本大震災について。さらに能、武術、三味線、神道、キリスト教について。

話題は次から次へと広がっていきました。

どちらかが決められたテーマについて話すというよりも、思いつくままに言葉を交わし、そこからまた別の話題へとつながっていく。そのような時間でした。

気がつけば、話を始めてから何時間も経っていました。

このままでは話が終わらないと思い、17時で切り上げることにしました。朝10時から夕方17時まで、約7時間、ほとんど休むことなく彼の部屋で話し続けていたことになります。

彼自身も、

「こんなことは、ほとんどありません」

と言っていました。

お神輿の時に初めて言葉を交わし、今回が会って話すようになってから、まだ2日目です。

それにもかかわらず、不思議と昔からの友人と話しているような感覚がありました。

彼の考え方や生き方からは、参考になることが数多くありました。

何かを強く主張したり、人に自分の考えを押しつけたりするわけではありません。それでも、彼がどのように生活し、何を大切にしているのかを知るだけで、こちらの常識や価値観が少し揺さぶられます。

その人の存在そのものが、周囲の人に影響を与える。

そのような人が、私の家から歩いて行ける場所に住んでいたとは驚きです。

彼は学生時代から能を学び、現在でも依頼があれば出向いて、能を披露しているとのことでした。

次に会った時には、能について、もう少し詳しく話を聞いてみたいと思っています。可能であれば、少し教えていただくのも面白いかもしれません。

柳生新陰流では、能と剣術には共通する部分があるとされています。

姿勢、間、呼吸、身体の運び、相手との関係性。

能を実際に学ぶことで、武術についても何か新しい発見があるかもしれません。

彼はスマートフォンを持たず、電話も基本的には使わないとのことでした。

会いたい時には、事前に手紙を出すか、直接自宅を訪ねるしかありません。

何とも現代離れした付き合い方です。

しかし考えてみれば、電話もインターネットもなかった時代には、それが当たり前でした。約束の仕方も、人との会い方も、今よりずっと手間がかかっていたはずです。

その分、一度会えば、目の前の相手とじっくり話をする時間があったのかもしれません。

彼は、産業革命以前の人々の生活、あるいは江戸時代の生活様式を、可能な範囲で現代に残しながら生きている、非常に稀有な存在です。

単に昔の格好をしているのではありません。

便利さや効率を当然のものとせず、自分が納得できる生き方を、実際の生活の中で貫いているのだと思います。

ご近所ですから、これからも時々会いに行ってみようと思っています。

現代に生きるサムライとの交流は、まだ始まったばかりです。