よく議論されているテーマだと思います。私も意見を述べてみたいと思います。
武術と格闘技は、よく似ているようで、考え方には大きな違いがあります。
もちろん、きれいに線を引けるものではありません。柔道や剣道、空手には武道・武術としての側面と競技としての側面がありますし、MMAやボクシングにも非常に高度な身体操作や実戦性があります。
それでも、私が大きな違いだと感じていることがあります。それは、格闘技にはオンとオフがあり、武術にはそれがないということです。
これは、私の師匠から教わった言葉です。
格闘技の選手は、練習しているとき、試合をしているときは選手です。その時間に最高のパフォーマンスを出すため、筋力トレーニングや走り込み、技術練習、コンディショニングを積み重ねます。試合の日程が決まれば、そこへ向けて体調を整え、身体を仕上げていきます。これは競技として、とても合理的なことです。
一方、武術には「試合の日」がありません。
危険が起きるとすれば、それは道場の中とは限りません。道を歩いているときかもしれない。電車に乗っているときかもしれない。フードコートやレストランで食事をしているときかもしれない。仕事帰りかもしれないし、疲れているときかもしれない。
だから武術家は、道場を出たら武術家ではなくなる、という考え方をしません。
周囲を見る。人との距離を見る。出口や逃げ道を確認する。危険な場所には近づかない。違和感を感じたら、その場を離れる。
こうしたことも、武術の一部だと考えます。戦う技術を持つこと以上に、戦わなくて済む位置に自分を置くことが大切です。
試合があるか、ないか
武術と格闘技の最大の違いは、試合を基準にしているか、生き残ることを基準にしているか、という点にあるのかもしれません。両者の根は同じ「戦う技術」にありますが、競技として発展したものと、護身や生存を目的として残ったものに、途中で枝分かれしていったと考えると分かりやすいでしょう。
格闘技では、ルールの中で勝つことが大きな目的になります。ボクシングならボクシングのルール、柔道なら柔道のルール、MMAならMMAのルールがあります。
その条件を理解し、その中で最も有効な技術を磨く。試合で勝つことが求められる競技者にとって、それは当然のことです。
一方、武術では、相手や状況を選ぶことができません。相手が一人とは限らない。素手とは限らない。同じ体格とは限らない。開始の合図があるとは限らない。足場が良いとも限らない。
そして、そもそも「勝つ」必要すらありません。
逃げられるなら逃げる。危険を避けられるなら近づかない。必要なら助けを求める。無事にその場を離れることができれば、それでよい場合もあります。
格闘技が「決められた条件の中で相手を上回ること」を目指すとすれば、武術は「条件そのものが分からない状況で、生き残る可能性を高めること」を考えます。
身体の作り方も違う
格闘技では、筋力、持久力、瞬発力、心肺能力など、身体能力そのものを高めることが非常に重要です。試合では、その身体能力が直接結果につながります。
一方、武術では、もちろん体力や筋力が不要ということではありません。ただ、それだけに依存しないことを重視します。
疲れているとき。寝不足のとき。年齢を重ねたとき。身体が万全でないとき。そうした状態でも、何ができるかを考えます。
師匠のご尊父様に、
「体調を崩した時がチャンスだ。どこまでできるか試せるから、そういう時ほど稽古する」
という言葉があります。
かなり厳しい言葉です。もちろん、発熱や感染症があるのに無理をして道場へ行け、という意味ではありません。
大切なのは、万全ではない状態で、自分の武術がどこまで残るのかを知ることだと思います。
実際の危険は、こちらの体調が良い日を選んでくれません。だから武術では、最高の状態でどこまでできるかだけではなく、悪い状態でも何を残せるかを考えます。
言い換えれば、
格闘技はピークを作る。武術は底を上げる。
この違いは大きいと思います。
武術は日常の中にある
多くの武術家は、武術だけを仕事にしているわけではありません。会社員だったり、職人だったり、自営業だったり、家庭を持ちながら稽古を続けています。
つまり、普通の生活を送りながら、その中に武術を組み込んでいます。
どう立つか。どう歩くか。どこに座るか。人との距離をどう取るか。感情的になったときにどうするか。危険をどう避けるか。
こうした日常の中にも、武術の稽古があります。
道場の中だけで強くなるのではなく、日常生活そのものを少しずつ変えていく。私は、そこに武術の大きな特徴があると思っています。
どちらが上という話ではない
ここまで書くと、武術の方が優れていて、格闘技は劣っている、と言っているように見えるかもしれません。
そういうことではありません。
格闘技には、ルールの中で技術を極限まで磨き、実際に相手と競い合う強さがあります。武術には、試合とは違う条件を想定し、日常の中で危険に備える考え方があります。
目的が違うから、稽古の内容も、身体の作り方も、心構えも違ってきます。
ただ、私自身が武術を学び続ける中で、一番大きな違いだと感じるのは、武術には明確なオンとオフを作らないこと、そして、道場の外にいる時間も含めて、武術家として生きることです。
格闘技は試合に向けて最適化され、武術は生存に向けて最適化される。
ここなのだと思います。

