陳氏太極拳の根本となる身体操作——放鬆・重力・股関節の八の字運動

記事

陳氏太極拳の動作において、最も大切なものの一つが「放鬆(ほうしょう)」です。

放鬆は、単に身体の力を抜くことではありません。身体を崩したり、力のない状態になったりすることでもありません。

陳氏太極拳には、姿勢を保ちながら余分な力を抜き、身体全体をつなげて動くための、具体的な放鬆の方法が伝えられています。

この放鬆ができると、筋力だけで身体を動かすのではなく、重力によって身体が落ちる力を動作へ利用できるようになります。

私は、放鬆と重力加速度の働きが、陳氏太極拳の勁力を生み出す重要な要素だと考えています。

そして、その際に重要となるのが、股関節の動きです。

股関節に生まれる立体的な八の字運動

股関節は球関節であり、前後や左右だけでなく、回旋を含めて立体的に動く構造を持っています。

身体の余分な力が抜けた状態で動くと、左右の股関節には、立体的な八の字を描くような運動が生まれます。

ただし、これは解剖学的に股関節が常に八の字を描いている、という意味ではありません。

私が自分の身体を通して感じている、身体操作上の感覚です。

興味深いことに、当会の師範代兼副代表も、同じような感覚を持っています。

私が先に教えたわけでも、副代表から教わったわけでもありません。お互いが別々に稽古を続ける中で、それぞれ同じ感覚へたどり着きました。

そのため私は、この八の字運動は、特定の人だけが作り出した特殊な動きではなく、人間の股関節が構造上持っている動作の要領を、身体感覚として捉えたものではないかと考えています。

雙武會の規約にも書き入れたほど、私はこの身体操作を重要なものと位置づけています。

しかし、言葉で説明すれば、すぐに理解できるものではありません。

八の字を描こうとして、意識的に股関節や腰を回しても、本来の動きにはなりません。身体の余分な力が抜け、全身がつながって動いた結果として、股関節にそのような運動が生まれます。

つまり、理屈を先に理解して再現するというよりも、身体がそのように動くようになって、初めて意味が分かる種類の感覚です。

八の字運動には二つの方向がある

八の字運動には、二つの方向があります。

八の字の一番上を出発点と考えれば、例えると、そこから右方向へ進むか、左方向へ進むかの二通りしかありません。

同じ八の字であっても、動く方向が反対になれば、身体に生まれる働きも変わります。

私は、この二つを、外へ広がる「遠心的な動き」と、内へ集まる「求心的な動き」として捉えています。

どちらも股関節を中心に生まれる全身運動ですが、技として現れる時の方向性が異なります。

遠心的な動きは打撃へつながる

遠心的な八の字運動は、身体の内側から外側へ力が広がっていく動きです。

例えば、相手の脇腹へ、やや下から上に向けてフック系の突きを打つ場合に、この遠心的な運動を使います。

ただし、腕だけを振り回して突くのではありません。

身体の余分な力を抜き、股関節から始まった立体的な運動を、骨盤、背骨、肩、肘、拳へと伝えていきます。

股関節から生まれた動きが、途中で止まることなく全身へ波及し、最後に拳へ現れるのです。

外から見ると、腕を円弧状に振っているように見えるかもしれません。しかし、実際には腕が動きの中心なのではなく、身体の中心部から生まれた運動に、腕がついていきます。

このような遠心的な八の字運動を使うことで、腕力だけに頼らず、全身のつながりによって打撃を行います。

求心的な動きは崩しへつながる

もう一つの求心的な八の字運動は、外側にあるものを身体の中心へ集めるように働きます。

例えば、相手と互いに両腕を組み合い、力が拮抗して膠着した状態を考えます。

この時、相手を腕力で引っ張ろうとしても、相手も抵抗するため、簡単には崩れません。

そこで、こちらは身体の余分な力を抜き、自分の身体を下方向へ自然に落とします。

身体が沈むと、肩が下がり、肘が落ち、続いて手の位置も下がります。

この一連の動きによって、相手は自分の近くへ引き寄せられながら、下方向へ崩されます。

外から見れば、こちらが相手を引き寄せているように見えるかもしれません。

しかし厳密には、腕力で相手を引っ張っているのではありません。

自分の身体が重力に従って落下し、その動きに肩、肘、手が連動することで、接触している相手も巻き込まれていきます。

立っている身体には、常に下へ落ちる可能性があります。

余計な力で身体を持ち上げ続けることをやめれば、その場で自然落下の運動を起こすことができます。

この時に使われる主なエネルギーが、身体の重さと重力加速度です。

求心的な八の字運動は、この下へ沈む動きと結びつき、相手を自分の中心へ巻き込みながら崩す働きになります。

放鬆と重力が八の字運動を生む

ここで大切なのは、股関節だけを意識的に八の字へ回そうとしないことです。

股関節の八の字運動は、放鬆と切り離して行えるものではありません。

まず身体の余分な力が抜ける。

身体の重さが解放され、重力に従って動けるようになる。

その結果として股関節に立体的な運動が生まれ、その動きが全身へ波及する。

この順序が大切です。

腰だけを回したり、股関節だけを大きく動かしたり、腕だけで円を描いたりしても、太極拳の全身運動にはなりません。

股関節は動きの重要な中心ではありますが、そこだけが独立して動くのではありません。

股関節から生まれた運動が、骨盤、背骨、肩、腕、脚へと伝わり、身体全体が一つにつながって動くことが必要です。

逆に言えば、放鬆によって身体の重さを解放し、重力加速度を利用しながら、股関節に立体的な八の字運動を起こす。

その動きが途中で止まることなく全身へ伝われば、自然と太極拳らしい動きになります。

套路の中で身体操作を作る

まずは、この身体操作を套路の中で実現することを目指します。

一人で套路を行う際には、

放鬆できているか。

身体の重さを動作へ利用できているか。

股関節に立体的な八の字運動が起きているか。

その動きが全身へ伝わっているか。

遠心的な動きと求心的な動きを使い分けられているか。

こうした点を、できるだけ明確に確認しながら稽古します。

最初のうちは、一つひとつ意識しなければ動けません。

しかし、繰り返し稽古することで、次第に細かく考えなくても身体が自然に動くようになっていきます。

意識して八の字を作る段階から、身体が必要に応じて八の字運動を起こす段階へ進むことが大切です。

套路から対人技術へ

対人稽古では、套路の中で養った身体操作を、実際の技へつなげます。

遠心的な八の字運動では、股関節から生まれた力を全身へ波及させ、突きや打撃として相手へ伝えます。

求心的な八の字運動では、身体を沈めながら相手を自分の中心へ巻き込み、崩しや投げへつなげます。

相手の攻撃を、力で受け止めるのではなく捌く。

相手の力と正面からぶつからず、身体の落下と全身のつながりによって崩す。

突きや蹴りを、腕や脚だけの筋力ではなく、身体全体の運動によって出す。

こうした稽古を通して、套路の中で身につけた身体操作を、対人の技術として働かせていきます。

套路と実際の技は、別々のものではありません。

套路の中にある放鬆、重力の利用、股関節の八の字運動を、相手との接触の中で使えるようにしていくのが対人稽古です。

陳氏太極拳の根本にあるもの

放鬆。

重力加速度。

股関節の立体的な八の字運動。

そして、その運動が全身へ波及していくこと。

私は、これらが陳氏太極拳の根本的な身体操作であると考えています。つまり太極拳の勁力、纏絲勁はこれではないかと思っています。

遠心的な八の字運動は、身体の内側から外へ力を広げ、打撃へつながります。

求心的な八の字運動は、身体の重さを下へ落としながら、相手を中心へ巻き込み、崩しや投げへつながります。

この二つを明確に感じ、状況に応じて使い分けることができれば、套路の動作と対人技術が一つにつながってきます。

ただし、この身体操作は、形だけをまねても理解できません。

身体の余分な力を抜き、自分の重さを感じ、股関節から生まれる運動を全身へ通す。

その稽古を繰り返す中で、少しずつ身体が意味を教えてくれます。

頭で理解してから身体を動かすだけではなく、身体が動くことによって、後から理解が深まっていく。

陳氏太極拳の稽古には、そのような面白さがあります。

陳氏太極拳クラス 体験・入会のご案内
厚木市・愛川町の陳氏太極拳教室。型稽古を中心に、姿勢、呼吸、重心移動、中心軸、全身の連動を丁寧に学びます。初心者、女性、シニア、運動経験の少ない方も、自分の体力とペースに合わせて無理なく始められます。